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「国宝松江城マラソン2025」

2025.12.10

暦の上では「大雪」を迎えましたが、今日の松江は青空の広がる朝となっていますね。★12月7日には今年で6回目となる「国宝松江城マラソン2025」が開催されました。当日は早朝から降っていた雨も上がり、絶好のマラソン日和となったようです。競技は総合体育館を出発してから松江城前を通過し、松江市街を走り抜けたあと、大根島から本庄経由で中海沿岸を回り総合体育館まで戻る42.195㌔で競われました。今回もコース脇には選手の栄養補給のためのエイドステーションなどが設けられ、地元のボランティアの方々も一体となり大会は盛り上がっていたようですね。★歴史的に見ると日本での長距離走の始まりは古く、江戸時代後期にはすでに行われていたそうです。安政2年(1855年)に安中藩主「板倉勝明」が鍛錬のため藩士96名を集め、安中城門から碓氷峠の熊野大社まで走らせる競技を行ったことが「安中御城内御諸士御遠足着帳」に記録されています。「安政遠足(とおあし)」と呼ばれたこの競技は、総距離は30㎞ながらコースの標高差1000mという過酷なもので、日本におけるマラソンの起源とも言われています。★近年は健康ブームということもあり、全国各地で多くのマラソン大会が開催されているようです。「国宝松江城マラソン」も市民一丸となって協力できる素晴らしい大会として定着してほしいものですね。

「良寛」

2025.11.30

11月の後半からは気温も一段と低くなりました。松江城周辺の木々にも晩秋の気配が漂い始めていますね。★「裏を見せ 表を見せて 散る紅葉(もみじ)」 これは江戸時代の僧侶「良寛」が詠んだ辞世の句。越後国出雲崎の名主・橘屋の長男として生まれた良寛は18歳の若さで出家し、22歳になると円通寺(備中玉島)の国仙和尚を生涯の師と定め師事します。円通寺の戒律は厳しく「一日作らざる者は、一日食わず」として国仙和尚は日々言葉を変えて良寛に説きました。34歳の年に国仙和尚がこの世を去ると良寛は修行で諸国を巡り、その中で多くのすぐれた和歌や漢詩を残しています。★良寛は子供を慈しむ優しい心を持った僧で、民衆に対しても難しい説法は行わず簡素な言葉によって解りやすく仏法を説き、多くの人々に慕われたそうです。名誉や金銭には執着がなく、生涯にわたり自らの寺を持たず仏道に励んだことでも知られています。良寛は病に伏した晩年に冒頭の句を詠み、最期を看取った弟子の貞心尼がこれを記しています。裏も表もない素朴な生き方を常とした良寛和尚の人柄を表しているようですね。良寛の生き方や作品は後世の人々に伝わり、多くの文化人や歌人に影響を与えたとされています。★紅葉も散り始め、今年もあとひと月となりました。体調を整えて師走を乗り切りたいものですね。

「神在祭」

2025.11.20

一昨日からは気温も下がり師走のような天候になっています。今日も肌寒い一日になりそうですね。★10月は「神無月」と呼ばれますが、全国から神々が集まるとされる出雲地方では「神在月」と呼んでいます。出雲地方に住む私たちにとっては「神在月」という呼び方も馴染みがありますね。でもいつ頃からこのように呼ばれるようになったのでしょうか? 奈良時代の「古事記」や「日本書紀」などには明確な記載は見られないものの、平安時代に藤原清輔が著した「奥義抄(おうぎしょう)」には全国の神々が出雲に集まるため10月を「神無月」と呼ぶ、と記されているそうです。ここから神々が集まる出雲地方では「神在月」という呼び方が生まれたのではないかという見方があるようです。★旧暦の10月となるこの時期には松江市鹿島町にある佐太神社で「神在祭」と呼ばれる例祭が執り行われます。佐太神社の「神在祭」は極めて古くから執り行われている神事で、現在の祭りの次第も古式に従って約500年前の記録とほぼ同じ内容で行われているそうです。11月20日に「神迎神事」、23日に「新嘗祭」、25日に「神等去出神事」が斎行され、23日の「新嘗祭」はその年の収穫に感謝して新穀を神前にお供えし、来年の豊穣を願う行事とされています。★「神在」。何気なく使う言葉にも人々の願いや祈りの気持ちが込められているように感じることがありますね。

「京都・銀閣寺」

2025.11.10

今日の松江は肌寒い朝を迎えました。堀端の木々も徐々に秋の色に変わり始めていますね。★私たちはこの時期になると京都で開催される仏壇、仏具の展示会に出掛けます。仏壇やお位牌をはじめ仏具、念珠、仏像、金襴、掛軸、お線香など多くのメーカーが出品するので欠かせない展示会となっています。今回も新たな仏具の展示がありましたので、時間を掛けて見学させていただきました。★また、展示会のあとは僅かな時間ですが周辺の寺院なども拝観するようにしています。京都は古い都というだけでなく、文化の源となる伝統的な遺産が数多く現存している世界的にも希有な存在となっており、1200年の歴史の中で受け継がれた文化や建築物、あるいは芸術品や儀礼的風習などは全国各地に影響を与えています。生まれた土地ではないのに何処となく懐かしく、穏やかな気持ちになるのは不思議なものですね。★画像は京都市左京区にある「慈照寺(観音殿)」で、俗称では「銀閣寺」と呼ばれています。境内には1486年に建立された足利義政の持仏堂である「東求堂」があり、その中には日本最古の書院造りや仏壇の源流とされる位牌棚なども遺されています。★暦の上では立冬を迎えて日中でも肌寒く感じる日も多くなりました。いよいよ暖房器具の準備が必要になってきましたね。